「この世界の片隅に」1話で気になったアレコレ

この世界の片隅に

「この世界の片隅に」の1話は、主人公すずさんの幼少期から結婚するまでを描いたお話でした。

今回は1話ででてきた場所や風習など、気になったことをまとめました。

 

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広島市の昭和初期の江波とは

浦野すずの実家は、海苔梳き(すき)を営んでおり少女時代のすずも実家の仕事を手伝っていたシーンがありました。

 

1940年までの江波は、海苔と牡蠣(カキ)の養殖が盛んな地域でしたが、1943年以降に江波山の南側が埋め立てられて三菱重工広島造船所江波工場が作られました。

埋め立てられた結果、江波の浜での海苔養殖は難しくなり、多くの海苔事業者は廃業されたそうです。

浦野すずの父親「十郎」も海苔養殖を廃業して、埋立地にできた工場勤めを始めたそうです。

 

広島と海苔の歴史は次の記事がわかりやすいです。

味付海苔・焼海苔製造元 山城屋

 

浦野すずが通った江波尋常小学校はどこにあった?

尋常小学校とは、明治維新から第二次世界大戦前までの時代に存在した学校ですが、江波尋常小学校は戦時中までは現在の広島市江波児童館の場所にあったそうです。

現在の広島市立江波小学校は江波南2丁目にあります。

 

 

浦野すずがおつかいに出た中島本町とは

浦野すずが江波から広島市中心部の中島本町の料理屋「ふたば」まで、おつかいに出るシーンがありました。

中島本町は本安川と本川にはさまれたデルタ地形の北端にあり、映画館・カフェー・ビリヤード場などの娯楽施設など中島の本通りとして広島市民に親しまれた場所でした。

ちなみに作品で描かれている中島本町の料理屋「ふたば」は双葉社の造語らしく、慈仙寺鼻の吉川旅館をモチーフとした話のようでした。

 

「この世界の片隅に」1話の気になったロケシーン

浦野すずの幼少期から結婚するまでの江波であった海岸シーンは、現在の江波では見ることのできない光景で、広島の地元民には元宇品に違いないと思っています。

ただ先日の西日本豪雨で、元宇品もがけ崩れがあったので近づくことができなくなっています。

ヒサゴロウ on Twitter
“今日、元宇品に行ったら こんなことになっとった”